寝かせる
何かを寝かせるのが好きだ。
何を寝かせるのも好きだけど、とっぷりとまるまった生地なんかは特段いとおしい。
寝かせている生地は、本当に「寝ている」としか形容し得ないと思う。
ぴっとりとラップにくるまれて、あるいはボウルの中に閉じ込められて、でもとくに窮屈そうなんかではなく、その工程を全うするかのように しっくりそこに眠っている。
レシピを眺めていて「ひと晩寝かせる」の一文を見つけると嬉々とさえしてしまう。
それは次の日の朝に余裕が無ければ成り立たないことであるし、(ということは翌朝の行動も確約することになるし)今すぐにでもそれが食べたい時なんかは 正直めんどうな工程だなとも思う。
にも関わらず、私はその工程がある料理に どうしても惹かれてしまうのだ。
ひと晩であることの意味は おそらく自分の眠りにも関係している。
たとえば眠れない夜 くらい冷蔵庫の一角ですやすやと眠るそれを思うと、私は自分の抱えているどんな不安事もどうでもよくなってしまう。生地の立てる ひそやかな寝息と共に、自分もまっすぐ眠りへ向かう気になれる。
そこには安心感に近い心持ちがある。あるいは、今晩よく眠り明日の朝それを調理しなければならないという 使命感のようなものも含まれるかもしれない。
人間の手を離れてからもなお、一工程を全うしている その物体に対する敬意、そこから来る使命感。
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生地を寝かせるみたいなことだな、と心の中で思うことがある。
べつに飛ばしてしまっても構わない、でも絶対に意味のある、なにか重要なこと柄に対して。そういうことが、工程の一つとしてちゃんと丁寧に扱われている状態に対してそう思う。
伝わらないし うまい表現だとも思わないので口には出さないけど、私はそういうものを見ると心底うれしい気持ちになる。
生地を寝かせるみたいなことを、できるだけ大事にしていきたい。